ホーム > 海外におけるBCL活動レポート > フィリピン・マニラ現地受信局調査(「DZRH」生放送出演記) フ
ィ リ ピ ン ・ マ ニ ラ 現 地 受 信 局 調 査 ■ はじめに - フィリピンの首都マニラの中波局・DZRHは、同波に強力なローカル局が存在する大阪など一部の地域を除き、深夜から早朝にかけて全国的に比較的良好な受信が望める、フィリピン中波の入門局である。 ↑ マニラ市内。宿泊したホテルの部屋より撮影。 周波数は666kHz、出力は50KW。MBC(Manila Broadcasting Company)の基幹局でもある同局は、フィリピン国内の中波局としてはトップクラスの規模を誇る。 フィリピン全国の一般庶民がさまざまな生活上の悩み、相談事を持ち込む深夜番組・Operation Tulongは、その道のマニアの間ではよく知られている。深夜、DZRHにダイヤルを合わせると、ちょうどこの番組が聞こえてくることが多い。やたらめったら低い男性アナウンサーのトークが響き渡る、フィリピン中波局独特の雰囲気が満喫出来る番組でもある。 1997年11月下旬、ふと思い立って、マニラの現地受信局調査旅行を計画した。 たまたま航空会社のマイルが貯まっており、その恩恵?に与ることにしたのである。 日本(東京)からノースウェスト航空が就航しているアジア各国の都市としては、当時、マニラの他に香港、ソウル、シンガポール、北京、台北、バンコクがあったが、昔からフィリピン中波DXに慣れ親しんで来た自分としては、まずはマニラから攻めてみたいという思いがあった。 旅行前、返事はまず期待出来ないであろうことを承知の上、幾つかのマニラのローカル局に訪問アポ取りのためのレターを出してみた。結果は、予想通り惨敗たる状況だったのだが、都合10局ほど出して唯一フレンドリーな返事をくれた局がある。 そう、「DZRH」である。 この時受領したレターは、今でも大切に保管してある。もともと返信率が極めて低いフィリピン中波局にあって、ここまで丁寧な返信が貰えたというのは奇蹟に近い。しかも、このレターは職場宛にエアメールとFAXの両方で送られて来た、というのだから二重の驚きである。たまたま、仕事で使っていた名刺を入れておいたのが功を奏したようだ。 「DZRH」。 中学の頃から深夜に夢中でループアンテナを回し、慣れ親しんで来た「あの局」に行ける。 ふとしたきっかけで知り合ったDZDR-Naga City(1044KHz)の女性ドラマタレント・Malouと、到着翌日にマニラ市内で初対面。暫し市内観光に付き合ってもらった後、念願の「DZRH」へ乗り込むことになったのである。 ■ ついに来た! - DZRHはマニラ首都圏のビジネス街・マカティ地区あって、局舎は4階建て。フィリピン国内では最も歴史の古い局で、MBC(Manila Broadcasting Company)の基幹局でもあり、規模の大きさからしてもトップクラスを誇る。 正面玄関には、自動小銃を持ったガードマンが睨みを利かせている。しかし、放送局を乗っ取りに来たワケではないのだから、何もビビることはない(とはいえ、やっぱりコワイ コワイ・・・)。 Malouがタガログ語で、アポがあって来た旨を伝える。ガードマンは表情ひとつ変えず、インターホン越しに中と連絡。程なくして、2人のフィリピン人男性が出て来た。 向かって左側が、アナウンサーのManny Bal氏。右側が、今回の訪問にあたって丁寧な訪問承諾のレターをくれたAndy Vital氏。早速、お2人の暖かい歓迎を受ける。とても気さくな人たちで安心。
残念ながらこちらはタガログ語が挨拶程度しか解らないので、まずは英語で自己紹介。フィリピンの人たちは(訛りがとても強くて聞き取りにくいのであるが)英語もごく普通に通じるので、その点ではとても楽である。 案内されるがままに、局内に入れていただく。 正規スタッフ、ボランティア含め、忙しくタイプを打ったり打ち合わせをしたり・・・とても活気がある。日本の民放局などと比べれるとその規模は驚くほど小さいのだが、これも「少数精鋭」といったところだろうか。 「DZRH」の他にも「DWST」というFM局も持っていて、同じ建物内ながらスタジオは分かれている。 ふと壁に目をやると、何と!MBC系列局のステッカーがたくさん貼ってあることに気づいた。ついこんなモノに目が行ってしまうところがDXerの悲しい性であるが、それは仕方ない。当然のことながら、しっかりと写真に収める。Vital氏にさり気なく「余っているステッカーなんてないかナ?」と聞いてみたが、「ない」と一蹴されてガクッ。^^;; 局内には、DZRH全スタッフの顔写真がが飾ってあった。真ん中の、一段高くなっている写真が局長のジョー・タルク氏。マニラで彼のことを知らない人はいない、というほどの有名人だそうで、局長自らマイクの前に座ることもある。この日はたまたまご不在でお会いできなかったのが残念。 ただ、その後、ジョー・タルク氏の局長室の机で記念写真を撮らせてもらった。感激である。 スタジオを覗く。 ちょうど生放送の最中で、(タガログ語のため意味不明だが)とにかくマイクに向かって何やら喋りまくっている。ここで制作された番組を今まで日本で聴いていたのかと思ったら、本当に感無量! ■ 番組に出てみない? 一通り局内を案内していただき、また別のスタジオでBal氏と談笑していると、突然、「もうすぐ始まる自分の生番組『For Lovers Only』に(特別ゲストとして)出演してみない?」と誘われた。もちろん番組自体はすべてタガログ語だが、自分の出演部分だけは英語もチャンポンにしてやるから心配はいらないと言う。 英語なら大丈夫。 DZRHの番組に出られるなんて、本当に夢のような話だ。こちらからお願いしたって、そうそう出られるものではないだろう。もちろん、即オッケーする。 いよいよ本番が迫ってきた。Val氏、スタジオの「定位置」に就く。 番組に出演するなんて、それこそ生まれて初めての経験。しかも、録音構成ならまだしも、生放送では失敗も許されない。番組はてっきりマニラ首都圏向けだけかと思っていたのだが、同局の番組を中継するMBC系列局を通じて、フィリピン全国に流されるのだという。考えてみれば、そりゃそうだ。DZRHはMBCの基幹局。 ついに番組が始まった。さらに緊張感が高まる。 番組名は、「For Lovers Only」。DZRHがフィリピン全国に誇る人気番組である。毎日の放送で、月〜土が深夜02:30〜04:00、日曜日が13:00〜14:30(ともに現地時間)。DZRHといえば、深夜番組「Operation Tulong」が有名であるが、これが終わった後に始まるのが、何を隠そうBal氏の「For Lovers Only」なのである。今回は日曜日だったため、放送は昼間であった。 開始音楽が流れる。SINPOはオール10。(笑) いつもは混信とノイズに塗れながら聴いているDZRHであるが、スタジオ内で聴くクリアな音はまさに最高。これは、実際に体験してみなければわからないだろう。 ついに自分の番がが回ってきた・・・ 番組はすべてタガログ語。前後は何を言っているかサッパリわからなかったのだが、自分のところだけは英語を交えてのやり取りとなった。 まずは日本語で挨拶してくれというのとで、これならば大の得意。(笑) ペラペラと適当に喋った後、Bal氏とのやり取りが英語で始まった。 とはいえ、タガログ語訛りのわかりづらい英語に一苦労。はじめて訪れたフィリピンの感想、DZRHは、日本ではどのような感じで受信出来るのか、今回DZRHを訪れた理由など、いろいろ突っ込まれる。事前に質疑内容だけでも教えておいてくれないかと頼んだのだが、答えを用意すると生放送らしくなくなると言われ、本当の本当にぶっつけ本番。 しかし、何とかミスもなくこなせたのでホッとする。 友達のMalouも一緒に生出演。 Naga Cityの中波局・DZDR(1044KHz)の元ドラマタレントで、自分の出した受信報告書に丁寧な返信をくれたことからやり取りが始まった。DZRHからアポを取ったのは自分であるが、実際にこうして出向いていろいろ話ができたのは、何にしても彼女の助けによるところが大きい。さすがに元放送局勤務だけあって、マイクの前に座っても一向に動じる様子はない。さすがである。 番組終了後、たまたま番組に呼ばれていた若者たちと記念写真に収まる。何しろタガログ語がわからないので、何の人たちなのかはわからない。 フィリピンのラジオは、とにかく庶民的だ。相変わらずつまらない芸能人やアイドルが幅を利かせている日本の放送局とは大違い。一般人が、こうしてどんどん番組に参加できるのである(それこそ、日本から来たワケのわからない一旅行者を出演させてしまうぐらいだから・・・) そういった意味では、日本のコミュニティーFMに近いものを感じる。 タガログ語が話せればもっともっと楽しめたのであろうが、これはもう仕方なし。 スタジオ内でBal氏とも記念撮影。この後、自分が出演した番組をマスターテープからカセットにダビングしてもらい、これにBal氏のサインをいただいた。またとない記念である。 おっと、忘れちゃいけない。訪問前から、ぜひともゲットしたいモノがあったのである。 DZRHの番組を聴いていると、毎正時などに「(男性)Kaunaunahan sa Pilipinas!! (合唱)♪MBC〜! (男性)Manila Broadcasting Company! (合唱)♪ DZRH〜!」というSJをよく耳にするが、これもぜひ、いい音で聴いてみたい。そこで、Bal氏にムリを言って頼み込み、何と!マスターCDからこのSJをダビングさせていただく。 話によれば、このSJは15年ほど前に現局長のジョー・タルク氏が自ら製作したものだという。そういえば、自分が中学生の頃にも流れていたSJだから、なるほどそうなのだろう。 こうして夕方、DZRHを後にした。 DZRHからタクシーで走ること数分、たまたまDWIZ(882KHz)の局舎前を通りかかった。急いでカメラを取り出し、辛うじて撮影に成功。この時はまだMalouも一緒だったので、さすがにDWIZまで寄りたいとは言えず。1人だったら絶対行っていたのだろうが、まさに後ろ髪を引かれる思いで遠ざかる。あぁ〜 その後、かの有名な?マラカニアン宮殿へ。たまたま日曜日だったため、見学コースは運悪くクローズ。仕方なく門の前で写真だけ撮って引き返したが、イメルダ婦人の3000足(だったかな?)の靴コレクションはぜひ見てみたかっただけに、残念。 それにしても、一般の日本人旅行者がはじめてフィリピンを旅行して、現地のローカル局の生番組に出演できるとは思わなかった。僅か4日という短期滞在ながら、とてもいい想い出となった。 フィリ中マニアにはタマらないステッカーも、しっかりゲット。(笑)
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